大阪地方裁判所 昭和36年(レ)243号 判決 1963年10月10日
控訴人 山根義造
被控訴人 三原栄次郎
右訴訟代理人弁護士 宇佐美幹雄
同 山口周吉
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一 控訴人は、訴外松本某から本件建物を期限の定めなく賃料取立払の約定で賃借していたところ、被控訴人は昭和一七年頃右松本から本件建物を買い受け同人と控訴人とのあいだの賃貸借契約(すなわち本件賃貸借契約)を承継した。このことは、当事者間に争いがない。
二 そこでまづ、本件付属建物の建築を理由とする被控訴人の本件賃貸借契約解除の主張の当否について、判断する。
(一) 控訴人が昭和三五年六月頃被控訴人に無断で本件建物の敷地内に本件付属建物を建築したことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。
「控訴人は、本件建物を訴外松本から賃借していた当時同人の承諾を得て、本件建物の東側に近接したその敷地内に、自らトタン葺バラツク建ての小さな物置を建築して使用していた。
しかし、右物置が雨漏りなどのため朽廃状態に立ちいたつていたところ、控訴人は、昭和三五年五月頃、右物置をとりこわし、その跡に、本件付属建物の建築をはじめた(この建築そのものについては、前示のように争いがない)。被控訴人は、右建築に気付くや、控訴人に対する建築工事禁止の仮処分を申請し(堺簡易裁判所昭和三五年(ト)第三五号事件)、その旨の仮処分命令にもとづき同年六月一八日その執行をした(仮処分の執行そのものについては、争いがない)。右仮処分執行当時、本件付属建物の建築工事は、屋根を葺き終わり、天井、床などの取付ができていたものの、内部は荒い壁塗、外部はガラス張りの上を金網張とされていた程度で、まだ、完成の域に達していなかつたが、控訴人は、なお壁塗り等の工事を進めて、程なくこれを完成し、じ来、控訴人の娘夫婦などが居住し使用を続けている。ところで、控訴人の建築した本件付属建物は、本件建物から約三米五〇糎離れたところのその東側敷地内一杯に建てられたもので、間口(南北)四米四〇糎余、奥行(東西)三米余、軒下までの高さ二米九〇糎余、外周はセメント塗り(ただし建物の南側のみはコンクリートブロツク塀を一方の壁に利用)、内部は押入、床の間付きの四畳半一間に仕切られた、いわゆるブロツク建築様式の相当堅固な建物であつて、本件建物との間隔を、トタン屋根を渡した土間にしているが、本件建物とは別個独立の住宅用建物である。そして、本件建物の敷地は、訴外上田嬉次郎の所有にかかり、被控訴人は、同人からこれを賃借しているにすぎないので、控訴人が右敷地内に、右のような本件付属建物を建築したことから、右上田から苦情を申出られている。」
以上の事実が認められ、前掲証人岡部伝、東尾賢次郎の各証言および控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、他の証拠とくらべて、ただちに信用することができないし、他に右認定を左右するに足る証拠もない。
(二) ところで、およそ建物は、常に土地の上に存在し、敷地の占有使用を離れてその存在が考えられないものである以上、建物についての賃貸借契約において、賃借人は、当該建物そのもののほか、その敷地もまた建物に付随する賃貸借の目的物として引渡をうけ、その使用の権限を取得することは当然であるが、その契約の主目的が賃借人をして建物を使用収益させることに存し、敷地そのものを建物ときりはなして独立別個に使用収益させることに存しない以上、賃借人の敷地用益の権限は、別段の合意のない限り、建物を使用収益するにつき、客観的に必要かつ相当と認めるべき合理的事由の存する範囲に限定されるものというべく、したがつて、その範囲を逸脱した賃借人の使用収益は、善良な管理者の注意をもつて目的物を保管し、契約またはその性質により定まつた用方にしたがつてこれを使用収益すべき賃借人の義務に違反するに帰するものといわなければならない。
そして、このような見地からすれば、敷地の利用方法につき、建物賃貸借の当事者間に特段の合意の存するばあいは別とし、そうでない限り、建物の賃借人は、原則として、敷地内に建物を建築することはできず、ただ、賃貸借契約の内容(住宅、店舗、工場等の別、賃借建物の規模、構造、存続期間等)、建築しようとする建物の規模、構造(たとえば、組立式、仮設式等)その他諸般の事情に徴し、その建築が賃借建物の使用収益上、真に必要かつ相当なものとして社会観念上容認されるべききわめて制限された場合にのみ、賃貸人の承諾なくして、建物を建築することが許容されるにすぎないものといわなければならない。したがつて右のような場合にあたらないのにかかわらず、建物の賃借人が賃貸人の承諾なくして敷地上に建物を建築したときは、結局、賃借物の保管の義務に違反するものというべく、なお、その建築の経緯、建築物の規模、構造等にかんがみ、その義務の違反が重大なものと認められるときは、賃貸借当事者の信頼関係を裏切り、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があつたものとして、催告を要せず、賃貸借を将来に向つて解除することができるものというべきである(昭和二七年四月二五日最高裁判決、民集六巻四五一頁)。
(三) 以上のような観点において本件をみるに、
1 控訴人は本件付属建物は、控訴人が被控訴人の前主松本の承諾を得て建築していた物置を改造したものにすぎず、したがつて、該建物の建築につき被控訴人の承諾を必要とするものでない旨主張し、本件付属建物の建築がさきに控訴人において被控訴人の前主松本の承諾のもとに本件建物の敷地内に建築した物置をとりこわした跡になされたものであることは、前記認定のとおりであるが、しかし、右認定による該物置と本件付属建物の規模、構造等を比較対照して考えると、たんなる改造とはとうてい解することはできないし、被控訴人の前主松本の右承諾が、控訴人において本件建物の敷地上に建物を建築することに関する一般的包括的な趣旨の承諾と解すべき根拠、資料も存せず、被控訴人とのあいだで、この点につきなんらかの話合いがなされた旨の主張立証もないから、前記(二)の判示にいわゆる当事者間に特段の合意が存する場合にもあたらない。
2 そして、前記判示したところと弁論の全趣旨によると本件建物は、建坪約八坪の木造建物であるところ、控訴人の建築した本件付属建物は、その東側敷地内一杯に建てられた建坪約四坪に及ぶブロツク建築様式の相当堅固な建物で、後者は、前者に対し、坪数もおおむね半ばに達するばかりでなく、構造はむしろ前者をしのぐものであつて、前記判示(二)にいわゆる社会観念上容認されるべき範囲をはるかにこえるものであるし、このことと、控訴人が被控訴人から建築工事禁止の仮処分をうけながら、なおかつ工事を進めて建築を完成し、引続き使用を続けていることその他前記認定の諸般の事情を総合すると、控訴人の右行為は、賃借物の保管義務の重大な違反に該当し、賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめるような不信行為として、催告を要せず、本件賃貸借契約を将来に向つて解除することができるものといわざるをえない。
(四) そして、被控訴人が控訴人に対し昭和三五年六月二四日付内容証明郵便により本件付属建物の無断建築を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をし、右郵便が翌二五日控訴人に到達したことは、当事者間に争いがないから、本件賃貸借契約は、同日をもつて、解除されたものというべきである。
(五) なお、控訴人は、被控訴人の右解除権の行使が権利の乱用である旨主張するが、右主張を首肯するに足る資料は存せず、かえつて控訴人の行為が賃貸借関係の継続を破壊するような不信行為に該当するものであること前判示のとおりであるから、被控訴人の右解除権の行使をもつて権利の乱用と目しえないこと明らかであつて右主張はとることができない。
三 控訴人は、べつに、本件建物の所有権の時効取得を主張するところ、控訴人が本件建物を占有していることは、当事者間に争いがないが、控訴人の本件建物の占有は、被控訴人との賃貸借契約にもとづく、借家人としての占有であり、原審および当審における控訴人本人尋問の結果によるも、本件建物の賃料支払をめぐり、たえず、被控訴人とのあいだに紛争が続いていたことが認められるから、この状態の下では、控訴人の本件建物の占有について所有の意思がないものと解するを相当とし、したがつて、民法第一六二条所定の取得時効の要件を欠くものというべく、控訴人の右主張もとることができない。
四 右のとおり、本件建物の賃貸借契約は適法に解除されたものというべきであるから、控訴人は、被控訴人に対し、賃貸借終了に伴う原状回復義務の履行として、本件建物の敷地上にある本件付属建物を収去したうえ、本件建物を明渡すべき義務がある。
五 つぎに、被控訴人の控訴人に対する未払賃料および賃貸借契約解除後の損害金の支払を求める請求について考察するに、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人が本件建物の所有権を取得して以来、本件賃貸借契約にもとづく賃料を支払つていないこと、右賃料は昭和三〇年一月一日以降一ヵ月金四〇〇円であつたことは、当事者間に争いがないところ、被控訴人は、控訴人に対し、本訴においては、昭和三〇年一月一日以降の未払賃料の支払を求めるにすぎないから、控訴人は、被控訴人に対し、昭和三〇年一月一日から本件賃貸借契約が解除により終了した日の昭和三五年六月二五日まで一ヵ月金四〇〇円の割合による未払賃料および同年六月二六日から本件建物明渡ずみにいたるまで右賃料相当の損害金の各支払義務があるものといわなければならない(なお、控訴人は、右賃料の未払につき遅滞の責任がない旨主張するが、たとえ右主張のように、控訴人に遅滞の責任がないものとしても、これは控訴人が右遅滞による損害賠償などの不利益を負わされないというにとどまり、賃料の支払自体をまぬがれしめるものでないことはいうまでもない。)
六 以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点の判断に及ぶまでもなく、理由があるから、認容すべきである。これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し、なお、原判決についての仮執行の宣言は、本件事案の性質にかんがみ付さないことが相当と認められるので、その申立を却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 常安政夫 坂誌幸次郎)